2018年02月24日

[超回虫]

 やっぱり昨日ののつづきです。ぎゃく回りですね。
 今日は かなり おかしなことを言いますので あらかじめ あしからずです。

510510-g.png

 本作は「複素次元」と同じTypeの作品です。
 本Typeの作品はkawaharAmbの複素漢字論に基いています。
 複素漢字論(複素文字論)とは
 1や-1 といった数直線上の点である数が
 実は複素平面上の円である複素数だったのと同じ様に
「次」とか「回(虫)」といった漢字も
 実は複素漢字平面上で連なって円環をえがく複素漢字だった
 という論です。
 つまり、ふだん ぼくらが みて かいて つかっている漢字は
 複素漢字(円環)の一部(の線上の点)にすぎなかった、という事です。
 円は球の だんめんに すぎなかった、みたいな事です。
 本作では
 複素漢字論(複素文字論)が「回虫」といった様な 熟語でも せいりつする(?)
 というのが とぴっくす かもしれません。

 もっと たんじゅんな かんがえかたもあります。
「『9』に-1をかけたら(180°回って)『6』に なる」とか
「『9』に iをかけたら( 90°回って)『の』に なる」というようなものです。
 これなら
「『9』に 1をかけたら(360°回って)『9』に なる」というのが
 すうがく てきに 正しく せいりつするのが よいですね。
(ほか(-1など)では全く せいりつしないのが たまにきずですが。)
 本作で言えば
「『虫』に-1をかけたら『年1』に なる」とか
「『虫』に-iをかけたら『一世』になる」というようなかんじです。
「『虫』に iをかけたら『何』か『可』にか に なる」し
 つまり なにか かにか には なるわけです。
 このかんがえかたは
 いっぱんてきなAmbの かんがえかた と言えるので
 複素漢字論とは わけて かんがえたいとこロですが、
 いずれも つらなって円環になっている(ものの一部分)と かんがえれば
 よくよくかんがえると実はこれらは同じ論(とうごう出来る論)かもしれない
 というのが今げんざいの僕のけんかいです。
 まあ僕しか言っている人いませんけど。
 いずれにせよ
 文字は超次元(たとえば一つ上の次元)では
 たとえば つらなった円環として「超文字」に なっている
 という かんがえかた(とらえかた)が じゅうようで、
 ざっくり これを複素文字論と言っている というはなしでした。
 まあ僕しか言っている人いませんけど。

 (たぶんもどりながら)つづきます。
posted by kawahar at 23:16| Comment(0) | kawaharAmb | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。